妖怪総合情報発信サイト
2019.05.10 » 3か月 前

岐阜県に祀られし鬼の首【前編】


どうも、10連休が終わって、まだ心が社会に復帰し切れていない神代です。今日は北陸の話ではありませんが、旅行の道中で見つけた面白い場所を紹介します。

GWの後半、私は福井から岐阜県の下呂温泉へと車を走らせていました。ぐねぐねとした山道を登り、通り、降り、上り、降り、曲がり…。帰りもこの道を通らなければならないという事にうんざりしながらも、やっと山から降りた私はそこで目を疑うような看板を見つけました。


車を停め、辺りを歩き回って看板等を見ていると、どうやら此処は念興寺というお寺で、【鬼の首】を展示物として飾ってあるそうです。一昔前に流行ったオカルト展示の類か何かでしょうか、河童のミイラとか、ツチノコの死骸とか、そういう奴。

興味を持った私は流れのまま、案内人の方に連れられて鬼の首を見物することに……。しかし、建物の中に入っても鬼の首らしいものは見当たりません。

「鬼は面白半分で鬼の首を見に来る貴方たち一人一人の心の中に潜んでいるんだよ!」とかそういうオチなのかと不安になり始めた頃、案内人が部屋の隅にある古めかしい祠のような物を指し、言いました。

「あそこの中に鬼の首が入っています。ですが、それを見る前にこの瓢ヶ岳(ふくべがだけ)に伝わる伝説のお話をしましょう。」

曰く、古来から瓢ヶ岳の奥深くには、人畜を襲い、田畑を荒らす悪い鬼が住んでいました。しかし、天暦何年かに天皇の勅令を受けた藤原高光により鬼は退治されました。

それから元禄時代になり、高光の子孫の粥川太郎右エ門と言う人が、その鬼の首を念興寺に持ってきて「鬼は悪さをしていたと言えど、元々は山の命。山のふもとのこのお寺で供養をしてやってください」と首を預けたそうです。

一見よくある鬼退治の物語かなと思ったのですが、私は何だか妙な違和感を感じました。しかし、そんな私の考えを他所に案内人は早速とばかりに観音開きの扉に手を掛けました。

to be continued…

次回、神代の感じた違和感とは、そして、鬼の首とは果たしてどのようなものなのだろうか。後半をお楽しみに!

後編URL:youkaiya.jp/youkai-ch/?p=1034

考察編URL:youkaiya.jp/youkai-ch/?p=1072

追記:高光卿の鬼退治の際、鬼の居場所を高光卿に教えてくれたのが、粥谷川という小川のウナギだそうです。それから瓢ヶ岳の近隣の人々は、ウナギは神の遣いとして一切食べなくなりました。犬や猫や狐が神聖視される地域は数あれど、ウナギが神聖視される地域もあるんですね。土用の丑の日なんかはアナゴで代用するんでしょうか。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です