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2019.05.19 » 7か月 前

岐阜県に祀られし鬼の首【後編】


前編URL  youkaiya.jp/youkai-ch/?p=1006

どうも、前記事の評判が良くて嬉しい神代です。今回は思いっきり前編の続きから始まるので、未読の方は上記のURLからご一読ください。

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どうやら、念興寺にはそれなりに観光客は訪れているようです。外見に刻まれた年季の割に古めかしい祠の扉は軽々と、異音もなく開きました。そして、ようやく私は鬼の首と対面を果たしたのです。

それは一見、何の変哲もない頭蓋骨のように見えました。人の頭ほどの大きさの黄ばんだ頭骨、よく見ると側上頭部に太い角が生えているのがわかります。案内人の方曰く、ひとたび祠から首を取り出せば鬼の呪いで嵐が起きる。と鬼の首を持ってきた粥川太郎右エ門 が伝えたという事です。(彼はどうやって持ってきたんでしょうか)

そして、「学者先生や医者の方に、この鬼の首を見せた事があったんですけど、後頭部が普通の人間より少しだけ長いと言われたんですよ。」と案内人が付け加え、祠の中の台座を中華テーブルのようにくるりと回し、側頭を見せてくれました。確かに後頭部が長いような…素人なので物の真贋は見極められませんが、角のせいかある種の神々しさを感じます。

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それから10分ほど説明を受け、念興寺から出た私は、そこでようやく説明を受けている最中に感じた違和感の正体に気が付きました。

鬼が藤原高光に退治されたのは天暦、つまり西暦950年頃です。そして、その鬼の首が高光の子孫により念興寺に納められたのが元禄……

西暦1700年頃なのです。

今までずっと藤原家で保管されていたであろう鬼の首。先祖が打ち立てた功績の勲章となるような品が、一体なぜ700年以上の時間が経過した後に大した理由もなく念興寺に納められる事になったのでしょうか。

そんな解けない疑問を書いて終わりにしようと思っていた鬼の首の記事。しかし、前編を投稿し、このサイトの管理人である妖怪屋さんに報告を行った時、こんなことを言われました。

妖怪屋さん「もしかして、この鬼って【さるとらへび】のことではないですか?」

to be continued …

次回予告:Q,前後編ではなかったのか!A,2編ではまとめきれませんでした!天暦から元禄の間、放置され続けていた鬼の首の真偽は!また、【さるとらへび】なる伝承との関りは!次回、二つの伝承が一つの推測に繋がります。岐阜県に祀られし鬼の首【考察編】お楽しみに。

追記:念興寺の鬼の首の画像はインターネットで出回っていますが、撮影禁止という事でした。そのため、この記事には鬼の首の画像を掲載せず、いらすとや様の画像で代用をしています。興味の湧いた方は、ぜひ現地に赴き、自らの目でご覧になってください。

NEXT→考察編URL:youkaiya.jp/youkai-ch/?p=1072

(画像:いらすとや)

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