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2019.07.28 » 3週間 前

拝啓 岩手より


すっかりご無沙汰しておりました。えまです。
前回の付喪神の記事にコメントをいただいて宿題にしていたのですが、GWに帰省しまして、確認をしてきました。
刀の彼らが神様との記述は図録の用語集にありましたね… ここは見落としていました… そうかぁ、少なくとも彼らは設定として神様なんですねぇ。
大言海についてはコメントいただいた翌日に調べていたのですが、最寄りの図書館で大言海の98版と新版大言海で神様表記の確認をしました。字数や版組の制限でもなさそうなので、どうして前例のない神という表記になったのかは推測できませんでした。(現存していないだけでそれまでにも一部では共通認識されていた可能性はあると思います)
コメント&情報ありがとうございました!

陰陽雑記を当たっても分からないのですが、そもそも『つくもがみ』は百年経って命が宿ったモノなのか、九十九年で煤払いされて恨んで化けたモノなのかハッキリしないんですよね。
煤払いされたあとに100年経って宿ったとも捉えられるし、百年は長年のことだから数値としての100に意味がない以上、ハッキリしないのは当然なのですが…
確かに百年で命が宿るとはあるけれど、それが付喪神なのか、それは器物の神様なのか分からない。日本に限らず古来の神様はどこのお国でも気に入ったものにはすぐちょっかい出すので、いたずらっ子な付喪神が神様だって違和感はないのですがね。

いたずらっ子な器物のあやかしといえば、我々昭和生まれにはお馴染みの子がいるんですよ。今やすっかり減ってしまった二宮金次郎像です。
夜になるとグラウンドを走ってるだとか背負った薪の数が変わるだとか読んでいる本のページが変わっているだとか。
学校における怪談は器物のあやかしが多いですね。二宮金次郎像、動く人体模型と骨格模型、こちらを見ているベートーベンやモナリザ。ひとりでに鳴るピアノもこちら側かな?
怪談の中の怪異たちを妖怪と呼ぶには若く感じるかもしれませんが、物にナニカが宿って動く、ということに不思議はあっても絶滅しないのですよね。民俗学、怪異としての妖怪も、今この現代に生きているのだなぁと思います。

今ぐるりと周囲を見回してみて、一番長い付き合いのものは何でしょう。そしてその道具とは何年のお付き合いですか?それが化けるまで、ちょっと使ってみましょうか。

さて、今回で私は筆をおきます。岩手の妖怪はもちろん、地元・静岡西部の妖怪(大狒々、天狗、管狐、だいだらぼっちなどなど)についてもお話したかったですが、それはまたいつかどこかで。
5月辺りからの異常気象で令和ちゃんが生まれたり、毎年の台風を擬人化したり、令和になれど日本人の本質は変わらないのだなと思っています。ならば妖怪もきっと今もそこにいるのでしょう。皆さまの人生と世の妖怪たちに幸多かれと祈り、締めさせていただきます。ありがとうございました。

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