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2019.08.11 » 1週間 前

表現のタブーと妖怪


あいちトリエンナーレ「表現の不自由展・その後」を巡って、世論が揺れています。

ここであまり政治的な意見は述べませんし、今回の件に限っては展示内容が偏っていたように思えますが、一般論として、表現の自由は守られるべきものであり、クローズドな場で楽しむ限りには規制され得るものではなく、政治的な命令や脅しに屈する必要はないものの、あまりにひどい差別表現やヘイトなどは他人の目に触れないように規制される(それ以前に道徳的にどうか自発的に省みるように仕組みを整える)べきでしょう。

また、少し前のニュースになりますが、今年の参議院選挙で初の重度障害者国会議員が誕生したことも話題になりました。

上記2つのニュースは、一見、妖怪とまったく関係ないように見えますが、実はそうとも言い切れません。

妖怪は、基本的には政治とは無関係の場で、常民とともに生きてきたものです。

ただ、表現の自由や差別を巡って、妖怪は無関係ではいられません。

たとえば、柳田国男が「一目小僧その他」で書いたように、一つ目小僧の謂れとしては、神祭りに際して、神の眷属とするための生贄が逃げてもすぐに捕まえられるように、片目を潰し、足を一本折っていたということがあります。

片目を潰された者、または元々の障がい者が神として祀られ、それが零落し妖怪として伝えられている例は枚挙に暇がありません。

南方熊楠の神社合祀反対運動も、その目的としては森林保護、自然環境の保全を通じた、未だ解明されていない多種多様な生態系の解明という意図があったにせよ、常民の自由な活動を求めた、政治的な活動と言えるものです。

網野善彦によるサンカ(山窩)など漂泊民の研究も、被差別民の問題と切り離せないものとなっています。

差別に関しては、スティグマ(聖痕)による差別、偏見などとも妖怪は無縁ではありません。

人間や動物で、身体の一部が異常、奇形になったものがルーツと思われる妖怪は多くいます。(一つ目小僧、一本だたら、ろくろ首、二口女、件、人魚、人面犬、小さいおじさん、などなど

また、近年ではアニメ「妖怪人間ベム」(1968年)は一部において差別表現が強く、放送が規制されている(再放送時にピー音が入る)ということがあります。

ちなみに、現在、「BEM」としてリメイクされた新作アニメが放映中のようです。(私は未見ですが・・・。)

今回は、妖怪の表現の規制を巡る事件として、江戸時代に起きた事件をご紹介します。

 

歌川国芳(一勇斎国芳)の「源頼光公館土蜘作妖怪図」は、天保年間に、そのあまりの風刺の強さに表現を巡って揺れた作品です。

天保年間(1830年 – 1843年)に行われた、老中水野忠邦の主導による天保の改革では、飢饉や一揆、大塩平八郎の乱などの内憂、異国船が日本近海に出没することによる脅威などから幕府を守るため、あらゆる規制を強化して、奢侈禁止・風俗粛正を命じ、庶民に厳しい政治が行われました。

そんな中、歌川国芳によって描かれたのが「源頼光公館土蜘作妖怪図」です。

ちなみに歌川国芳は、『相馬の古内裏』に描かれた巨大な骸骨(がしゃどくろのイメージとなったもの)や、猫好きで猫をモチーフにした浮世絵を多く残したことで知られています。

源頼光の土蜘蛛退治については、江戸時代には講談や絵草子で人気のモチーフのひとつであり、歌川国芳以外にも様々な絵師が作品にしていました。

構図として、メインである源頼光と土蜘蛛が戦う場面を中心に描かれることが多いものです。

しかし、歌川国芳の作品は違いました。

まず、主役であるはずの源頼光は奥で寝ています(病に伏せている)。

その様子から、将軍でありながら外の様子(政治)に無関心な徳川家慶に見立てていると言われています。

主君である源頼光に土蜘蛛の脅威が迫っているのに、外の様子ばかり気にかけているのは、源頼光四天王のひとり卜部季武と見せかけて、その家紋から、天保の改革を主導した中心人物である老中の水野忠邦と言われています。

その他の頼光四天王(渡辺綱、坂田金時、碓井貞光)も、改革当時の四老中(真田幸貫、堀田正睦、土井利位)だと言われています。

また、描かれている妖怪たちは、規制の対象となったものをモチーフとしていると言われます。

歯のないろくろ首は「噺家」、鏝を持つ鬼は「鬼瓦」、他にも「鼈甲」「木魚」など、当時の江戸で娯楽品や華美だと言われたものが妖怪として、規制を受けて苦しむ民衆や、改革の犠牲となった幕臣たちを見立てて描かれています。

「源頼光公館土蜘作妖怪図」の発表当初は、変わった土蜘蛛草子だというだけで特に話題にならなかったものが、天保の改革への皮肉、政治批判を描いた風刺画(判じ絵)だという評判が立ち始めるに従い、様々な解釈とともに話題になっていったそうです。

現代日本の感覚からすると、この程度で風刺なのかと思うかもしれませんが、当時の版元はあまりの反響に驚き、恐れをなして、自主回収を行ったという逸話もあります。自主回収を行ったせいで、歌川国芳や版元にお咎めはなかったものの、その贋作やパクリ作品(橋本貞秀「土蜘蛛妖怪図」など)で発禁処分に遭った作品があるというのは皮肉ですが。

『井関隆子日記』、『藤岡屋日記』、『開版指針』、『事々録』など、当時の市井の人たちの日記にも、その解釈や当時の様子が残っています。

それだけ、天保の改革による規制が庶民の自由を脅かし、人々の不満が溜まっていたということでしょう。

 

現代においても、強い規制や統制に対しては、草の根で反抗が起きることがままあります。

現在放送中の「ゲゲゲの鬼太郎」アニメ6期においても、社会への風刺や皮肉の表現が見られることがあります。

時代は変わっても、人々が表現の自由を求める姿勢、そしてその想いを妖怪に託すということは変わらないのかもしれません。

ちなみに、天保の改革において南町奉行として市中の取り締まりを行った、要は実行隊長的なポジションである鳥居耀蔵は、単に取り締まりが厳しいだけではなく、おとり捜査など人々を欺き貶める方法を用いたため、当時の人々から「妖怪」(官位と通称の甲斐守耀蔵(かいのかみようぞう)を「耀蔵・甲斐守(ようぞうかいのかみ)」と反転させた上省略した)と呼ばれていたそうです。

なお、この同じ時期に、北町奉行として庶民に寄り添った規制緩和政策を行った遠山景元(金四郎)は、「遠山の金さん」として後世においても人々に慕われることになります。

 

今回は、表現のタブーや、政治への風刺について、妖怪に込められたメッセージを紹介しました。

現代という時代、もっと言うと令和の時代は、後世から見た時にどう評価されるのでしょうか。

妖怪だけが知っているのかもしれません。

 

文=渡辺・K・シロー

画像=源頼光公館土蜘作妖怪図(早稲田大学図書館「古典籍総合データベース」より)

www.wul.waseda.ac.jp/kosho/bunko10/b10_8285/

参考文献:「図説 妖怪画の系譜」(兵庫県立歴史博物館、河出書房新社)、「定本 柳田國男集」(柳田国男、筑摩書房)

 

■渡辺・K・シロー(けいちゃん)

北海道旭川市出身。在野の妖怪研究家。

現在は北海道と東京の二拠点生活をしながら、経営・ITコンサルティングを生業としているが、大学の時には民俗学・文化人類学を学んでおり、ライフワークとして妖怪の研究を続けている。

現在住んでいる北海道にまつわる妖怪や、ビジネス・経済にまつわる時事ニュースと絡めた妖怪の記事を執筆中。

Twitter:twitter.com/keishiro_w

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