妖怪サプリ:一つ目小僧(ひとつめこぞう)|社会系:フツウッテナンダーロ
火曜日の戸口に置いておく小瓶――それが「妖怪サプリ」。妖怪の話を一粒ぶんだけ噛みしめて、暮らしの感度を少し上げる連載です。妖怪屋としての独自の見立てを添えつつ、肩の力を抜いて紹介します。
【妖怪名】一つ目小僧(ひとつめこぞう)
妖怪栄養素:社会系:フツウッテナンダーロ
どんな妖怪?
一つ目小僧は、坊主頭の子どもの姿で、額の真ん中に目がひとつ――それが一番わかりやすい説明です。多くの話では、襲って食べるような強い怪物というより、**ふいに現れて驚かせる“びっくり担当”**として語られます。
ここで大事なのは、「驚き」が怖さのゴールではなく、入口になっているところです。
人は“違い”を見つけた瞬間、まず「ぎょっ」とする。その次に、心が勝手に続きの物語を作り始めます。
- なんだあれ、変だ
- ちょっと見たい(確かめたい)
- 面白がりたい(誰かに言いたい)
- ときには、囲ってしまいたい
この流れこそが、今日のサプリ――社会系:フツウッテナンダーロの効きどころです。
どこに出る?(暮らしのそばに出る)
一つ目小僧は、山奥の秘境よりも、人の生活圏のすぐ隣で語られることが多い妖怪です。たとえば、家の中・屋敷の部屋・夜の廊下のような「生活の手触りが残っている場所」。怪談では、部屋に小僧がいて振り向いたら一つ目だった、という筋立ても紹介されています。
さらに面白いのが、南関東などで伝わる俗信です。旧暦の2月8日・12月8日(事八日)の夜に一つ目小僧が来るといって、戸口に目籠(めかご)のような“目の多い籠”を置いたり、ヒイラギやメザシ(地域差あり)を添えたりして、入ってこないようにした――という話が各地に残っています。
ここ、私は妖怪屋としてこう読みます。
一つ目小僧は「戸口=境目」に出る。つまり、共同体が「内」と「外」を分けるときに、影が濃くなる妖怪だと。
妖怪屋のゆる考察(“ふつう”は、いつ罠になる?)
「一つ目」はマイノリティ(ふつうじゃない)のモチーフです。落語『一眼国(いちがんこく)』では、江戸の香具師が“一つ目の子を捕まえて見世物にすれば儲かる”と出かけ、逆に一つ目の人々に囲まれて「こいつ不思議だねぇ、眼が二つある」と珍しがられ、見世物にされそうになる――多数派/少数派がひっくり返る落ちになります。
この噺が笑えるのは、「悪人が懲らしめられた」からだけではありません。
“珍しいもの”を見つけた瞬間、人は誰でも香具師の入口に立つからです。
- ふつうの側にいる安心
- ふつうじゃない側を、説明しやすいラベルに押し込む快感
- そして、本人の事情より「見世物としての面白さ」を優先してしまう危うさ
一つ目小僧は、ここを一撃で示します。
目がひとつだから驚く。けれど、もし目がひとつが多数派なら、目がふたつのほうが驚かれる。
つまり「ふつう」は性質ではなく数で決まってしまう。だから“ふつう”は、ときどき罠になります。
摂取のしかた(ふつうの罠に落ちそうな時の作法)
このサプリは、胸の奥で小さく効くタイプです。派手な副作用はありません。でも、効くと行動が変わります。
- 「ぎょっ」の次を遅らせる
驚いた瞬間に、心は勝手に結論へ走ります。まず一呼吸。「珍しい=面白い=語っていい」を保留にする。 - “説明”より先に“相手”を置く
ラベル貼りは楽です。でもラベルは本人を薄くします。まず「その人(その存在)には生活がある」と想像する。 - 戸口に目籠を吊るすより先に、心に目籠を吊るす
昔の人は境目を守るために籠を置きました。現代は、境目を守る言葉をひとつ持つ。「それ、見世物にしない」という一言が、心の戸締りになります。
3行まとめ(今日の分量)
- 一つ目小僧(ひとつめこぞう)は、額に目がひとつの坊主頭の子どもの姿で語られ、驚かす役として登場することが多い妖怪です。
- 事八日(2/8・12/8)に目籠などで防ぐ俗信があり、戸口=境目の妖怪としても読めます。
- 今日の妖怪栄養素は 社会系:フツウッテナンダーロ。違いを見つけたとき、他者化や見世物化に滑り落ちないための一粒です。
次回の妖怪サプリ予告
次回は、同じく「境目」に立つ妖怪で、もう少し暮らし寄りの一粒を用意します。火曜日にまた、戸口でお会いしましょう。



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