妖怪×地域イベント 前篇──「好きになる」から始める私のイベント作法
はじめに:惚れ込みは最初の合意形成
地域イベントに向き合う私の出発点は、「惚れ込むこと」です。二、三度ではなく、季節の匂いが変わる頃合いまで何度も通い、道の勾配や風の抜け方、朝の掃き掃除の音まで体に入れる。そこまで行って初めて、伝承や商いの話が「土地の呼吸」に乗り、言葉が馴染みます。商売のチャンスや話題性だけで動くと、地面に靴底が触れていない感じが残る。私はまず、その土地を好きになるところからはじめます。
中ノ沢温泉:湯の温度で背筋が伸びる
私の地元は会津若松。幼い頃、母が好んで足を運んだのが中ノ沢温泉でした。白濁した湯に肩まで沈むと、体の芯がすっと温度を取り戻す。あの感覚は今も変わらず、「入ると大地から吹き上がるようなパワーがもらえる」場所として私の中で不動の一位です。
この“原体験”が、のちの「雪女まつり」につながりました。最初からイベントを狙っていたわけではありません。通い慣れた湯治場に、ある日ふっと企画の種が落ちてくる。その着火点は、だいたい人の言葉です。小西食堂の西村和貴さんが「雪女、呼べませんか?」と投げかけてくださった一言。あれが火花となり、青年部の皆さんに広がって、街の熱に変わっていった。私ができたのは、その熱を冷まさない導線を一緒に整えることでした。

川越:ご縁が開いた“町とカフェと伝承”の三重奏
川越は、大人になってからご縁が連れてきてくれた街です。地域コミュニティ経由でNPO法人カワゴエ・マス・メディアのYouTube番組「ラジオぽてと」にゲスト出演したのが入口でした。そこから耳に入ってくる妖怪伝承の多さ。実際に歩いてみると、小江戸の町並みの奥に、手仕事の温度が残るおしゃれなカフェが点在している。石畳を踏む音と焙煎の香りのあいだに、昔話の余韻がふっと湧き上がる瞬間があるのです。
さらに心強かったのは、シルバー人材センターがかつて行っていた妖怪伝承ツアーと、そのマップ。先人の足跡が示す筋道は、私の探索を確かに加速させました。古本屋で見つけた、川越伝承を題材にした手づくりの漫画も良き道標。地域の記憶は、紙と人の手から立ち上がるのだと改めて思いました。こうして「ここで一緒にやりましょう」と話が転がっていったのです。


引き際の作法:惰性にしないための舵
中ノ沢の「雪女まつり」は6年間続きました。けれど、年々の自費負担が会社経営を圧迫し、地元への還元が目に見える形で積み上がらない局面に差しかかったとき、私ははっきりとこう感じました。「このまま続ければ、惰性になる」。祭りは「続けること」そのものが目的になった瞬間に、温度を失います。
そこで私はいったん身を引き、新天地──猪苗代、松之山温泉──での開催に舵を切りました。私たちは「確実に盛り上げ、経済効果を出す」実績を重ねる責任がある。一方で地域側にも「一緒に盛り上げる」主体性が要る。どちらかが受動的では、祭りは立たない。引くべきところで引くのは、土地と人への敬意のかたちです。いつか胸を張って成果を持ち帰るための、前向きな退き方でもあります。

私のリサーチ術:本、靴底、そして“境界”の目
調べ物はまず本から入ります。埼玉の妖怪の本、福島の民話集──紙の情報は発見の骨格を与えてくれる。近年はWebやAIも併用し、見落としていた脇道を拾い上げます。ただし一次情報と二次情報の層を意識し、複数の説が立ったら自分の知識ベースで考察し、基本は言い切らない。伝承は一本の結論に回収してしまうと、息苦しくなるのです。
現地にはイベントあたり5〜6回は通います。遠方なら、1日を調査日に振り切って歩く。見るのは“境界”──川と陸、町と田、古道と新道、社叢と民家、その切り替わりの場所です。境界は、物語(とりわけ怪異伝承)が発生しやすい。土地の成り立ち(かつて戦場だったのか、城下町か、宿場町か)を古い区割りや地名から読み、そこに今の暮らしの動線がどう重なっているかを確かめます。
中ノ沢では「青年部」という現役の担い手の存在が決定打でした。川越では、前述の伝承ツアー資料と手づくり漫画が、点と点を結ぶ糸になってくれた。紙の上の情報が、人の行いによって立体化する瞬間に、企画の背骨が通ります。
関係づくり:定型より“相手の時間に合わせる”
初めての土地では、こう名乗ります。「地域イベントで活動している妖怪屋と申します。今後ここで妖怪に関するイベントを実施させていただきます」。そこからは定型の質問に頼りません。相手がどんなお仕事で、どんな立場にあり、地域で何に困っているか。過去に妖怪系の催しがあったか。会話の速度は、相手の歩幅に合わせる。うまくいった中ノ沢の例では、私がもともとその土地を好きだったことに加え、小西食堂の西村和貴さんというキーマンが橋を架け、青年部というチームが受け止めてくれた。人が人につなぎ、街の熱量が回路になるのです。あと、人との距離を確実に進めるのは、美味しいお酒とお料理でした。酒を酌み交わし、酔いが回れば様々な地域の問題点や愛すべき部分が言葉になってその場を飛び交います。もうその土地が踊りだすかのように。私はそれを共有することが”仲間”として受け入れられる最速かつ最重要なものだと感じました。そしてそれが私がイベントを行う上での最大限の面白さだと思っています。
食の目利き:温度と懐の深さで選ぶ
飲食店の選定は三つの基準です。
- 非チェーンであること(ただし、確かなキーマンがいるなら例外あり)。
- 清潔感があること(イベント連動時の安心感はここに宿ります)。
- 妖怪装いの来訪を笑顔で迎えてくれること(文化を遊ぶ心を共有できるか)。
中ノ沢なら「小西食堂」のかつカレーと肉そば。川越なら「あぶり珈琲」のあぶりブレンド、「真南風(まはえ)」の琉球もちっ娘バナナジュース。コラボの打診は率直に──「妖怪さんたちが訪れても良いですか? その場合、イベントでご一緒できますか?」。食は地域の体温計。器の温度で、まちの懐がわかります。


前編の結び:好きで始め、敬意で続ける
私は「なんとなく」ではやりません。伝承がその土地でどう扱われているか、地域が何を大切にしているか。そこに自分がどう寄り添えるのか。好きになることを起点に、敬意をもって続け、ときに潔く身を引く。それが私の作法です。
後篇では、中ノ沢と川越で「地域が大事にしているもの」をどう読み取り、ビジュアル、告知文、価格設定、運営体制へどう翻訳していくかを、具体例で掘り下げます









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