豆狸のお話
立冬も間近に迫り、山野も、織る錦とばかりに色づき始めてございます。
傾く日の光も、時の経つほどに柔く柔く……いよいよ、冬がやって参ります。
どうも、そろそろ冬毛の生えそろってまいりました、狸森泥舟でございます。
お話をさせていただきますのも、三度目となりました。ありがたい事でございます。
さて、本日は狸以外のお話を一つ、と思っておりましたが……三度目のなんとやら、此度もまた狸のお話をさせていただこうかと思います。
皆様は豆狸という妖怪をご存じでありましょうか。
狸の妖怪で、主に西日本で目にされ、マメダ、マメタンなどと呼ばれる事もございます。
そこらの狸よりも賢くいたずら好きで、旧家の納戸に棲み着いているなんて話もございます。
兵庫県の灘地方では、酒蔵に棲み着き、いたずら好きなものですから、様々な事をしでかし人々を困らせたそうでございます。
しかし、それ以上に豆狸は崇められておりました。
何故かと申せば、蔵にこの豆狸が何匹かおりますと、それはもう酒が美味しくできあがるとかで、普段のいたずらなんぞはお目こぼしの上、いてもらわねば困るとまで言わせていたとか。
皆様がよく目にする狸の置物たちの手に持つ物が、酒徳利や通帳であるのは、この灘地方の豆狸と酒に関するお話があったからではないかとも言われております。
また、通帳といえば、『絵本百物語』でも、豆狸は通帳を手にした姿で描かれております。
陰嚢を傘にして、肴を求めている姿だとか。
……そうそう、狸と言えば陰嚢でございますね。
狸が陰嚢を様々に用途する姿はよく描かれていますが、豆狸もまたこれを用い、人を化かしたりしていたようでございます。
こんな話が伝えられております。
元禄年間、魯山という俳諧師が日向国(現在の宮崎県)の高千穂で風雅な人物に出会った。
その人は魯山を誘い、様々もてなし、宴もたけなわ連句を巻くこととなった。
通された八畳の座敷にちなんで発句を詠み、相手も合わせて句をつないでいった。
しかし、魯山がうっかり座敷に煙草の火を落としてしまった。
すると途端に魯山はひっくり返ってしまった。
気付けば、魯山は野原に投げ出されており、先ほどまでいた家はすっかり消えてしまっていた。
後に里の者に聞けば、それは豆狸の仕業だという。
魯山が出会ったのは人に化けた豆狸で、座敷と思っていたのは豆狸の伸ばした陰嚢であったのだった。
なんと残念なお話。せっかく連句を巻いて、楽しい一時であったでしょうに…………おっと、失礼いたしました。
このように豆狸も、他の化け狸の例にもれず、陰嚢を使ったのでございます。
また、豆狸には憑き物としてのお話も残っておりまして、とり殺す勢いのなかなか恐ろしい逸話もございます。
ただ、この豆狸、憑くのは狸に悪さをした者にだけとのことですから、狸に滅多なことをなさらなければ何も恐れることはございません。
どうぞ、私も含めまして、出会った狸はお大事に…………。
さて、此度のお話はこの辺りにしておいて、今夜は冷えますし、私は床に入る前に熱燗で温まらせていただきましょうか。
ああそうだ、皆様、どこかの豆狸がご近所で肴をもとめているやもしれません。
どうぞ、よくしてやってくださいますよう、お頼み申します。
『雨がしょぼしょぼ降る晩に、豆狸が徳利持って酒買いに、酒屋のぼんさん泣いていた。なぁんで泣くかと聞いたらば、豆狸のお金が木の葉ゆえ』
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