山の民と妖怪
1月中旬に、オリエンタルラジオの中田敦彦氏による「中田敦彦のYouTube大学」の内容で、特に歴史認識に大きな誤りが複数あることが専門家により指摘され、炎上したということがありました。
また、麻生太郎副総理兼財務大臣は1月13日、福岡県直方市で開いた国政報告会で「2000年の長きにわたって一つの国で、一つの場所で、一つの言葉で、一つの民族、一つの天皇という王朝、126代の長きにわたって一つの王朝が続いているなんていう国はここしかありません」という発言をし、問題となりました。
政府の公式見解ではアイヌ民族を「先住民族」と認め、2019年には「アイヌ民族支援法」が成立していることなどから、日本は単一民族国家ではないとされています。
今回は、日本の歴史について、特に表に出ない歴史を正しく認識するということについて、山の妖怪とともにご紹介させていただきます。
歴史学者の網野善彦は、中世の職人や芸能民など、農民以外の非定住の人々である「漂泊民」の世界を明らかにし、天皇を頂点とする農耕民の均質な国家とされてきたそれまでの日本像に疑問を投げかけ、日本中世史研究に影響を与え、その考え方は「網野史観」と呼ばれます。
漂泊民の代表的な存在が、「サンカ(山窩)」です。
日本には「サンカ」と呼ばれる山の民が古くから存在していました。
書物にその名が登場するのは江戸時代頃からですが、それ以前から定住することなく狩猟採集生活をしながら日本列島を渡り歩いていた集団です。
日本人は弥生時代から稲作を始め、それ以降は農耕民族として歴史を歩んできたと言う人がいますが、それは上記のサンカの例から見ても誤りであることが分かります。
確かに、天皇家を中心とした表の歴史に庶民として出てくるのは、水稲農耕を営む百姓が多いです。しかし、その歴史に綴られない人々こそが、日本の歴史を作ってきたともいえます。
山姥、山男、山彦、山童など、「山」の字が付く妖怪は多くいます。
天狗や一本だたら、呼子、雪女など、普段は山に棲息している妖怪も多くいます。
平地に住む人々にとって、山は異界であり、山の民は「妖怪」に見えたのかもしれません。
霊峰富士を始めとして、山そのものがご神体として崇められることもあり、そこに棲む人々は何かしらの特殊能力を持っていることも多々ありました。
サンカは、箕などを生産することで生計を立てており、職人や芸能、商業や手工業などの多様な生業の従事者でした。
一本だたらは、サンカとは別の文脈で語られますが、語源としては「タタラ師(鍛冶師)」と考えられる妖怪です。
雪の山中に、幅30センチほどの大足跡があれば、それは一本だたらの足跡です。一本だたらは熊野(三重から和歌山にかけて)や奈良県伯母ヶ峰、和歌山県田辺市など比較的広範囲で見られる妖怪です。一本足で一つ目、人の姿に似た獣のような特徴といわれます。
これは鍛冶師が片足で鞴を踏むことで片脚が萎え、片目で炉を見るため片目の視力が落ちることから、鉱山に棲む鍛冶師が妖怪に見られたためと考えられます。
このように、特殊な技能を持つ山の民は、時として差別の対象として扱われることもありました。
しかし、そのような異能者たちの文化があったからこそ、平地の民の文化があり、そこには表裏一体の関係があったと考えられます。
要は、妖怪がいたからこそ、今の日本の文化があるといっても過言ではないと思います。
日本という国は、他民族・妖怪国家なのであります。
画像=山の民(キングダム、長澤まさみ)、一本だたら(水木しげる)
参考文献:「精選 日本民俗辞典」(福田アジオ、吉川弘文館)、「決定版 日本妖怪大全 妖怪・あの世・神様」(水木しげる、講談社文庫)、「日本妖怪大事典」(水木しげる、村上健司、角川文庫)
文=渡邉恵士老
■渡邉恵士老(けいちゃん)
北海道旭川市出身。早稲田大学人間科学部卒。在野の妖怪研究家。公認情報システム監査人(CISA)。
現在は経営・ITコンサルティングを生業として、北海道札幌市に居住しつつ道内各地や東京などを駆け巡っているが、大学の時には民俗学・文化人類学を学んでおり、ライフワークとして妖怪の調査研究を続けている。
現在住んでいる北海道にまつわる妖怪や、ビジネス・経済にまつわる時事ニュースと絡めた妖怪の記事を執筆中。
Twitter:https://twitter.com/keishiro_w
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