妖怪とクラウド化の波
2019年8月23日に、アマゾンのクラウドサービスであるAmazon Web Services(AWS)に障害が発生し、PayPayを始めとしたインターネット決済、ECサイトやゲームサイトなど国内多数のサービスに影響が生じました。原因は東京リージョン(AP-NORTHEAST-1)のとあるアベイラビリティゾーン(AZ)にあるデータセンターの制御システムのトラブルで、空調の異常によるサーバのダウンでした。
一般的に、クラウドの方がオンプレミスに比べて可用性が高く、障害が起きにくいとされている中で、珍しく障害が発生し、しかも複数の大手サービスに影響が出てしまったため、ニュースなどで取り上げられることとなった事例です。
この場合においても、AZを分散、冗長構成にすれば障害は回避できた可能性はありますが、いつ起きるか分からない障害のために、冗長構成にして高いコストを支払うのは得策ではなく、クラウドサービスの利用方法をユーザー側で検討する責任が問われる形になりました。
クラウドの場合、一度障害が起きると様々なサービスに影響が出ますが、ユーザー視点で見ると自社サービスが止まっている時に、他社のサービスも止まっている訳なので、オンプレで動かしている自社サービスだけが止まる場合に比べて、対外的なインパクトは小さくなるかもしれません。
社会的な流れとしては、サービスに全て委ねるのではなく、ユーザー側でサービスを比較・評価した上で、リスクへの対処を検討し、事業継続計画(BCP)を策定することが必要なことが認知されてきました。
また、実際に、オンプレで可用性を高めた冗長化構成を構築するよりも、クラウドの方が安上がりになり、なおかつサービスの継続性も高い場合の方が多いとされています。
実際に、2018年9月6日の北海道胆振東部地震の際に、北海道石狩市にデータセンターを置くさくらインターネットでは、自家発電にて稼動し、停電後48時間までは問題なくサービスを提供できることを目標にしており、実際に地震後もサービスを止めることなく稼働し続けることができていました。
このように、稀に障害が発生する可能性はあれども、基本的に可用性が高く災害に強く、コスト的にもメリットがあるクラウドサービスは、様々な業界で採用されています。
先日は、ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)が、次世代バンキングシステム「みんなの銀行」(仮称)の勘定系システムの基盤に、パブリッククラウドサービスであるGoogle Cloud Platform(GCP)を採用すると発表しました。
地方銀行では、7月に横浜銀行と千葉銀行の包括提携が発表したり、北洋銀行がTSUBASAアライアンスの千葉銀行や第四銀行が既に使用しているIBMのシステムへの統合を検討していたり、横浜銀行やほくほくFG(北陸銀行、北海道銀行)など共同で利用しているNTTデータの次期システム構築を検討していたりと、地銀の業界再編が動くとともに、銀行で使用されているシステムの統廃合も大きく動いています。
その中で、クラウド化の大きな波が押し寄せてきており、地銀業界再編待ったなしの状態となっています。
また、日本政府においては、デジタル・ガバメント実行計画を策定するとともに、「クラウドファースト」よりも進んだ、「クラウド・バイ・デフォルト原則」を打ち出しています。
具体的な施策として、政府共通プラットフォーム(政府共通PF)にAWSを採用するという話もあります。
個別の府省においても、農林水産省では畜産クラウドの構築や、WAGRI(農業データ連携基盤)でAPIを提供するなど、デジタルトランスフォーメーション(DX)推進に力を入れています。
地方自治体においても、スマート自治体を標榜し、電子申請や行政手続きをオンライン化したり、内部事務で文書管理の電子化・電子決裁加速化したりと、インプットからアウトプットまでのシームレスなデータ連携を一部の自治体では実現しつつあります。
民間企業では、AWSやGCP以外にも、MicrosoftのAzureなどのクラウドサービスが多く出ており、アプリ側でもSAPやfreeeなどの基幹系システム(ERP、BPR)、Salesforceなどの顧客管理・営業支援システム(CRM、SFA)もほとんどがクラウド化されています。
雲というより鏡ですが雲外鏡
と、ここまで、妖怪とは何の関係もない話でしたが、今回のテーマは「クラウド=雲」です。
雲は、古くから人々の身近にあるものの、手の届かない存在であり、人外の力を持ったものというイメージがありました。
直接的に雲をモチーフにした妖怪は少ないものの、名前に雲が入っている妖怪がいます。
雲外鏡は、妖怪画を多く残したことで有名な浮世絵師の鳥山石燕が、照魔鏡をもとにして描いた妖怪で、百年を経た鏡が妖怪と化した付喪神(器物が化けた妖怪)の一種であると言われます。
照魔鏡とは、魔物の正体を明らかにするといわれている伝説上の鏡で、殷の紂王を堕落させた美女・妲己の正体を見破ったとされます。
雲外鏡という名前は、古代中国の地理書・奇書である「山海経」(せんがいきょう)の名前に掛けたと言われています。
ちなみに、雲外鏡は敵の正体を見破ったり、色々な場面を移したりする役割として、妖怪関係の物語では重要度頃のサブキャラクターとして登場することが多いですね。(映画「妖怪大戦争」、漫画「うしおととら」の雲外鏡のおんじなど)
ギブアンドテイクの「怪しの雲」
雲自体が妖怪の場合もあります。
怪しの雲は、石見国(現在の島根県邑智郡邑南町)の伝承です。
石見国の雲井城は、近くの雲が淵の水を飲料水としていました。
ここの山には怪しの雲がおり、毎年、城の下女を連れ去るが、外敵が攻め寄せてきたときには雲が城を包んで守ってくれていました。
ある年、城主が怪しの雲を退治してしまいました。その直後、外敵が攻め込んできましたが、雲が城を守ってくれることがなかったため、攻められて滅んでしまったといいます。
ビジネスはギブアンドテイクが基本ですが、それを怠ってしまったためにしっぺ返しを食らうという教訓は、昔話などでよく出てくるプロットと言えるでしょう。
昔の人びとの雲に対するイメージ
「西遊記」の孫悟空が乗る觔斗雲(きんとうん)も、雲です。
孫悟空は、斉天大聖と呼ばれる神様なので、雲は、神様が使う乗り物というイメージが昔からあったのかもしれません。
妖怪ではありませんが、紫雲は、念仏行者が臨終のとき、仏が乗って来迎する雲で、吉兆とされるものです。
昔から、手の届かない高貴な存在として、雲が認識されていた例でしょう。
また、地震雲という現象は、科学的に根拠が解明されている現象ではないものの、天気に関する言い伝え(夕焼けなら翌日は晴、月に笠がかかると翌日は雨など)は多く存在しており、それが当たることもある以上、人々が感覚的に信じている暗黙知の一種と言えるでしょう。
ちなみに、台風の前には、空や雲が、ピンクや紫色に染まる現象が見られるそうです。
妖怪を災害対策や課題解決に活かす方法
折しも、狩野川台風と同等規模の過去最大級に猛烈で強力な台風19号(ハギビス)が日本に迫っています。
以前に「災害と妖怪(大鯰、やろか水、一目連)」の記事でも書きましたが、昔の人びとが生活の知恵などを託した妖怪や伝承、文化人類学や民俗学等の知見を知ることで、災害対策や、社会問題の解決につながることがあります。
そのうち、クラウド化やプロジェクトの炎上案件についても、妖怪に解決してもらえる時代がくるかもしれません。
画像=いらすとや「クラウドコンピューティングのイラスト」「キン斗雲に乗る孫悟空のイラスト(西遊記)」、鳥山石燕「百器徒然袋」より「雲外鏡」
文=渡邉恵士老
参考文献: 「旅と伝説 9巻5号通巻101号」(三元社)(怪異妖怪伝承データベースより)、「柳田国男と今和次郎 災害に向き合う民俗学」(畑中章宏、平凡社新書)、「災害と妖怪――柳田国男と歩く日本の天変地異」(畑中章宏、亜紀書房)「日本妖怪大事典」(水木しげる、村上健司、角川文庫)
■渡辺恵士朗(けいちゃん)
北海道旭川市出身。早稲田大学人間科学部卒。在野の妖怪研究家。
現在は北海道札幌市と東京の二拠点生活をしながら、経営・ITコンサルティングを生業としているが、大学の時には民俗学・文化人類学を学んでおり、ライフワークとして妖怪の研究を続けている。
現在住んでいる北海道にまつわる妖怪や、ビジネス・経済にまつわる時事ニュースと絡めた妖怪の記事を執筆中。
Twitter:https://twitter.com/keishiro_w
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