赤殿中のお話
並び咲く彼岸花が美しく、いよいよ秋めいて参りましたね。 ご無沙汰しております。狸森泥舟でございます。 それにしても、今日などは夜風が冷とうございますね…… つんと咲く彼岸花も、この冷えを感じておりましょうか。 そうそう、彼岸花には、タヌキノカミソリという仲間がおります、ご存じの方もおられますかな? ……そんなことで彼岸花に親しみを持ってしまう、気安い狸でございます。 ただ、タヌキノカミソリは形こそ似ているもののうすい桃色で、可愛らしいけれど、彼岸花のもつ妖しい魅力とはまた異なるものでございます。 彼岸花のあの赤には、この秋めく空気を妖しくくゆらす、そんな力があるように私は思うのでございます。 ……おっと、ついつい話が脱線してしまいました。 さて、暑さ寒さも彼岸までと申しますが、あのうだる暑さがなりを潜めたと思えば、この夜風の冷たさ…… これほど冷えると、なにか羽織るものが欲しくなって参ります。 皆様は〝殿中〟という物をご存じでしょうか。 正式には殿中羽織と申しまして、江戸時代に好んで着られた木綿の袖無し羽織り物の事でございます。 本日は、そんな殿中を羽織った子供に変化して人を化かす、赤殿中と呼ばれる狸についてお話しいたしましょう。 徳島県板野郡堀江村(現在の鳴門市)に伝わるお話で、夜中に一人で歩いていると、赤い殿中を羽織った子供が、背負うてくれ、とねだるという。 あまりにしつこくねだるので、仕方なく背負うてやると、その子供は無邪気に喜び、いかにも嬉しそうな様子で手足をばたつかせ、時にはそのひとの肩を叩いて喜ぶのだと。 しかし、じつはこの赤い殿中を着た子供は、人に化けた子狸であり、人に害を為すわけでも、からかうでもなくて、ただ人に背負うてもらいたいだけなのだという。 ……いやはや、なんとも可愛らしいものでございますね。 人を化かす狸は数おれど、こんなに無垢で愛くるしい狸はなかなかおりません。 一説には、人に背負われて喜ぶ子供を羨んで、頼むようになったとも言われております。 じつは、背負ってくれ、と頼む狸の話は、愛知県や和歌山県などにも残っておりますが、子狸が純粋にただ背負うて欲しい気持ちだけで人に頼み事をするのは、このお話の子狸くらいやもしれません。 ただ頼むだけ、背負われればそれを喜ぶだけ……なにやら化かしているというのとも一寸ちがうものかもしれませんね。 みなさまが夜道を一人歩くとき、もしそんな子狸が背負うてくれと頼んできたら、いかがなさいますでしょうか。 ……そんな時は、いま背負っているその重い荷物をいったん降ろし、子狸の頼み事に付き合ってやるのも一興かもしれません。 それでは今宵のお話はこのあたりで…… 皆様いよいよ冷えて参ります。 流行り病のことなどもございまれば……どうぞご自愛くださいますよう。 またお目にかかりましょう。
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