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アマビエ君を考えてみる。

アマビエ出現の瓦版

インターネットの海には様々な情報が行きかう時代。病を治すにあたり、ワクチンやサプリなどいくらでも手はあるというのに。

174年の時を超えて、肥後の海ではなく今度はインターネットの海にアマビエは現れたのだ。

アマビエに関しては様々なところでスポットライトを浴びて説明がされているので、簡単に記述しよう。

アマビエとは1846年、肥後の海上に現れた妖怪である。鱗のあるからだ三本の足くちばし女性のような髪をしている。このアマビエは、「 当年より6年の間は豊作が続くが、病気が流行するので自分の姿を写して見せるように」と告げて海中に消えた 。というものだ。

実際にも1858年、1882年のコレラ流行時にも「三本足の猿の絵」が売られた。

アマビエ=アマビコ?

アマビエ、という名称に関してはこの肥後の伝承以外に記録が無く、名の意味が不明であることから「アマビコ」の誤記ではないかとされている。

アマビコも含めると史料は9件まで広がる。肥後(熊本)・日向国(宮崎)の例が多いが、越後(新潟)での目撃談もある。案外広範囲にわたって海遊していたのかもしれない。

アマビエ、もといアマビコの漢字表記を見てみよう。「あま彦」「尼彦入道」「天日子尊」「海彦」となり、いづれも神に関しての意味合いを持つ名だ。このことから、アマビコは神の一種で、人間が勝手に妖怪だと形容しているのではないだろうか。

もう少し追求してみたい。

アマビエ=海幸彦説

海幸彦、という名前を見たことがあるだろうか。漢字を見ただけでもアマビエ(アマビコ)と近しいものがあるのがわかるだろう。

この海幸彦とは、記紀(古事記・日本書紀)に記された神話に出てくる神の名だ。この話は、「山幸彦と海幸彦」とも呼ばれる。

山の猟が得意な山幸彦(弟)と海の漁が得意な海幸彦(兄)はある日道具を交換してみようということになる。山幸彦は海、海幸彦は山へと向かい、山幸彦は兄に借りた釣り針をなくしてしまう。

海幸彦に攻め立てられて困っているところへ塩椎神に教えられ、船に乗って「綿津見神宮」へと向かう。その時、海神の娘の豊玉姫に一目惚れされ、海神も了承してすぐに結婚した。

音川安親編 万物雛形画譜 (山幸彦)

それから3年経ち、自分の目的を思い出した山幸彦は海神に事情を話した。すると、赤鯛の喉に引っかかっているのがわかった。釣り針と霊力のあるふたつの玉をもらい、その玉で海幸彦を懲らしめ、忠誠を誓わせたのである。

「記紀」ではここまでしか記されていないが、宮崎にある「ひむか神話」では以下のように描かれている。

山幸彦のこらしめからようやく解放された海幸彦ですが、その後、この地を立派に治め、隼人族の祖となったと伝えられている。そしてその後、名前すらも登場しなくなる。

山幸彦の懲らしめ、というのは呪いに近いもので、そのせいで海幸彦は没落し姿を消したとされている。

この神話から、海幸彦にまつわる史跡は九州に密集しており、アマビエの出現が確認されている土地とほぼ一致する。以上より、アマビエ=海幸彦説を僕は提唱したい。

結果として後継ぎも残し、歴史に名を刻んだのも山幸彦であるわけだが、海幸彦はどんな思いで日々を過ごしたのだろうか。口惜しさとやるせなさを感じながら海を見て過ごしたのかと思うと胸が痛い。

兄弟から虐げられ、歴史からも忘れられていった海幸彦がアマビエなら、数千年の時を経ても彼の化身はインターネットの海を悠然と泳ぎ、様々な形で愛されているのだ。

 

 

画像: アマビエ出現の瓦版 、 音川安親編 万物雛形画譜

 ▼鬼堂廻(きどうかい)  酒吞童子を敬愛。 
執筆作品:「鬼胎」「憂虞」「大江山酒吞童子伝」「少年学入門」
サイト:note.com/jyaibotenor

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